タイトル 「東日本大震災から1年」
本文「あの震災から1年が経ちました。今でも被災された方の多くが元の生活に戻れずにいます。大切な人を失った方も大勢いらっしゃいます。その方々が悲しみを乗り越え、新しい生活をはじめられるように祈るとともに、被災地を見てきたものとして、これからも私の見たものを伝えていきたいと思います。がんばろう、日本!」
などという文章は、私には書けない。
あの時のブログの文章を見ると、随分冷静に書いてるように思える。一周のことをまとめた記事に、泣いたときは記事にそう書いてると書いた気がする。でも、2つとも、違う。
関東で会った友人には話したんだけど、まだ気持ちの整理がつかない。
岩手の山田町を走っていた時、T字路に段ボールにマジックで書いたようなメッセージボードが置かれていた。本当に何か、八百屋の特売みたいな感じの手書きで、「世界の皆さん、日本の皆さん、応援、お祈り、届きました!ありがとうございます!私達、がんばってます!」みたいな文章が書かれていた。
前の記事の写真にあったけど、山肌にメッセージがあったり、後は旗にもそんなことが書かれたいたことはあった。でも、そのボードは段ボールで、文字もたいしてうまくもない手書きで(中学校の文化祭のような)、文章もお役所的ではなくて。トラックなどの車が沢山走っていたT字路に置かれていたことも、精一杯、みんなの目につかせるためにしたんだろうと思えて、本当に、本当に生々しかった。
実際にどこのT字路かも憶えてる。
あの時書けなかった理由は、それを見た瞬間、私の口から出た言葉が、「ばかやろう」だったから。そう言いながら、そう思いながら、胸の奥からこみ上げるものを抑えられなかった。
そのボードが置かれていた場所も、↑にあげた写真のようにズタボロの瓦礫の山が道路沿いにあるような場所で、満足に生活の再建など望むべくもない地域だった。家も流された。電信柱すら立ってない。“その日”から、半年と1ヶ月が経っているのに。
嬉しいときに涙を流すことはある。悲しいときももちろん。誰でもわかることだろうと思う。でも、あの時、私が「ばかやろう」と言いながら、涙を抑えることができなかった気持ちを、わかってくれるだろうか。言葉にはできない。言葉にするとすれば、「ばかやろう」になってしまう。それ以外の言葉では、あらわせない。
私が震災について伝えることがあるとしたら、多分このことだけだろうと思う。私はあの瞬間の光景を、生涯忘れない。

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